自宅兼仕事場で過ごす日々は、自炊で割と自由に食べたいものを食べて生きている。
だからこそ、わざわざ外へ出て食べるのなら、ただ空腹を埋めるだけではなく、食材や料理の輪郭、お店の佇まいごと味わえる時間がいい。
食べることが、そのまま小さな旅になるような。
ありがたいことに今は、京都の和食店やお菓子店のデザインの仕事に携わる機会がある。
先日、お世話になっているクライアントのお店で、新しいランチコースの撮影を兼ねて試食をさせていただいた。
お店の雰囲気や提供スタイルはカジュアルなのに、出てくる皿は、当たり前のように素材に手がかかっている。
堀川牛蒡、金時人参に聖護院大根...野菜の力強い味を感じる繊細な味付け。
中でもいちばん心に残ったのは、土鍋で炊いた艶やかな白米だった。
最初は「煮え花」。静かに立ち上る柔らかな湯気に、まだ熱が息づいている。
粒の立ち方。光の乗り方。
派手な驚きではなく、「ああ、これだ」と静かに頷いてしまう種類の美味しさ。
丁寧につくられた一食の贅沢は、きっとこういうところにある。
食べ終えたあとに残るのは、「満たされた」というより、「整った」という感覚だった。
京都でもここ1〜2年で、外食の値段はずいぶん変わった。
食材も、光熱費も、人の手も、軽く扱えない。
だからこそ、ちゃんとつくられたものの重みが、以前よりはっきりわかる気がする。
普通に働いて、たまにちゃんと美味しいものを食べて、また自分の生活に戻っていく。
その往復を、無理のないかたちで続けていけたら。
最近はそんなバランスを、探している。